頭隠してお尻隠さずな、いのちの感謝祭の真意。

いのちの感謝祭の、隠されてない隠れた真意

これまで、いのちの感謝祭とはなんであるか、を語っていたようで語らなかった。もちろん、HPやSNSに、理念や概要などを「書かねばならないので」書いてはいた。

ワンマンにゴールを決めて、そこを目指すというより、あえて私の意図は隠すように薄めて、熱量だけを残し、参加者に光を絞った。なんだかスッキリせず気持ち悪いが。私は、主催であって顔を出しながら、身を潜めて黒子になり、参加者と来場者にフォーカスする、という絶妙に矛盾した立場を選んだ。

そして事前に、私だけでなく参加者が、「答えを教える」発信を控えてもらった。1月にをテーマにしたイベントでは、彼らの持つ宝を提示して、分かち合って、どの答えも正解として欲しい、子どもにもわかる言葉で話して欲しい、と頼んだ。

いのちの感謝祭とはなんであるか?

なぜ、あなたはここに参加し、ここに来場し、ここでの感動を私に伝えてくれているのか。

 

結果、集まった、自由な感想と人々

1月、はじめての開催のあとから、翌日も携帯が鳴り止まなかった。感動と感謝のメールとSNS。興奮の膨大な熱量が押し寄せた。

主催という立場ゆえ、連日、すべてが、すり鉢状に私の元に降りてくる。参加者と来場者の愛と善意がいのちの感謝祭という器の中にこぼれ落ちて溢れる。

その動きの中で、彼らは私を育ててくれているのだと、実感している。いつかこの器の中身は、溢れかえって外側の世界に浸透していき、社会を変えていくだろう。

そして育てられている私は、会を重ねるごとに、「褒める主催」「引き出してチャレンジさせる主催」から、「何もできない主催」「助けてもらう主催」という、リーダーシップとしてのあり方を変えてきた。

(リーダーシップや運営については後日また書くとして)手放すたび、助けを求めるたび、内側の遠慮や抵抗感が消え、幸福度がどんどん増した。

いのちの感謝祭は生き物で、自分の力で育っていった。そして私たち参加者を育てた。まるで何万年も前の前世から、ここで再会することを約束していたように、盲目的に私を信頼してくれる、愛と善意を出し惜しみしない参加者たちが集まってきた。

多種多様で個性豊かで、それぞれに、ずば抜けた何かを持っている人たち。その分野ですでに第一人者である人、主婦や、幼稚園に入る前の子どもまで。1月からすでに島根や京都から、参加者も来場者も集まった。

一見全く違う、彼らの共通点はなんだろう?

1月のクラウドファンディングで、「私が好きになる人は、お互いに好きになる」という黄金率があることを踏まえ、「私が次に好きになる人、この指とまれ!」という動画を配信した。

なので、「私が好きになる人」であることはもちろん、正解。では、私が好きになる人は、どんな人なのか?

ここでは、何度も先ほどから繰り返している言葉を借り、今はひとまず、「愛と善意が溢れた人たち」としておこう。

 

惜しみなく差し出し、捧げる生き方

半年経って、今回のクラウドファンディングとイベントでは、隠されていた真意、私の本来の目的を前面に出した。

それはチャリティーや寄付、という助け合いを、文化として再構築し、根付かせたいということ。チャリティーや寄付少しずつ小出しにして人目に触れさせて、今度はこれを前面に出した。

 

↓↓↓ただいま、クラウドファンディング中です。7月20日のイベント@IID世田谷ものづくり学校(入場無料)も出店者を募集しております。

ただいま、”「いのちの大切さ」をハッピーな映像と絵本にし、誰でも見られて使えるよう無料公開!”として、クラウドファンディングに挑戦中です。


また7月20日のイベントの参加者も別のクラウドファンディングページ”参加して楽しんで誰かの為になる!お気軽チャリティ文化祭を世田谷ものづくり学校で!”で募集中です。

ぜひ、「リターンの購入」という具体的参加とご支援をお願いいたします。詳しくはトップページをご覧くださいませ。

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